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人生不公平。親が低スペックだと自分にも被害が出る論?

人生って不公平だなって思うことが沢山あります。皆さんも何が事あるごとに、人生って平等に出来ているようで平等ではないんだなと感じることありませんか?個人的に思うことをピックアップしていきたいと思います。人生の生き方ってなんだろう。


【目次】

金持ちはとことん上へ行ってしまう。

お金持ちといえば年収が1000万とかそれ以上とか基準があります。今の日本は「格差社会」になっている。

これは本当だと思います。明日の飯が食えないほど給料が足りない人もいる。

お金に余裕があり、初期投資がいくらでも可能で、お金に困ってない人。既にお金を必要としないほど、セミリタイア可能な状態の人。

お金のある人は元々親の地位を受け継いでいたり、ボンボンだったりする。

塔には不動産で安定収入を得ている人、株の配当金で自由に暮らしている人。好きな遊びで収入を得ている人。

しかもお金持ちは環境がhighな中で好きなように遊べて、好きなように海外旅行にもいける。子供が大きくなり優秀な学校へもお金があればある程度は解決できる。

大学生になっても親の仕送りが可能。しかもアパートで独り暮らしなんて余裕ゲーであり、奨学金制度なんて使っていないであろう。

富民層の大半の解決方法は「お金」だ。

これが底をつきない限り自由に操れるし、老後の不安を考える必要もない。

人の心はお金で買えないというように感情は買えないが、領地は簡単に支配できる。それだけで十分過ぎるパラメーターだ。

現実をみるとこんな感じ。悔しいけどこうして今も金持ちというのは沢山生まれていて、タワマン買っていたり、海外の不動産で儲けていたり、そのパターンは実に様々だと思う。


親次第でも生活は変わってしまう?

僕は元々裕福というほどの家計ではなく、好きな時間を共有出来ても、欲しい物は手に取って見てるだけ。

別に眺めるだけでもいいのだが、他の家族が買っている場を見てしまうと、「俺んちは貧乏なのか」と考えてしまう。

親を攻めてはいけない。育ててくれたのは親であるし、苦労してまで成長させてくれたのは感謝の意であります。

ですが、どうしても心のなかでは他の人と比べてしまう。

スポーツの試合と一緒だ。強きものと弱きものが出てきてしまう。そのゴール地点が「試合に勝つ」ことであり、実力を思いっきり発揮する場所でもある。

初期スペックが低いと、その飛べる地点が遠く感じる。一杯の水より10杯の水を飲んだ方が元気が出るし、何より格上のフロンティアに這い上がるには努力だけでは解決されない。

資金が必要なのは定かであり、どう考えてもハンデをくらっているのは確実である。

時折裕福な家庭が羨ましいと感じることがある。買って貰えなかった洋服だとか、ブランド製品だとかもし、お金があったらすぐに解決できる話になる。


楽しく生きるとは?

不公平な世の中と卑劣に批判していては駄目なのかなって思う部分も。

ネガティブ思考は人間性を落とし、更にマイナス点を認めているだけだ。

宝くじを引いている人は人生勝ち組かもしれないが、楽観的になるとその後の後引きが出来なくなる。

幸福は一瞬だけかもしれない。楽しいことはほんの一時だけであり、人間楽をしたら、必ず嫌なことがある。

気持ち的にも高ぶる鼓動を求めてはいけないと思う。ステージはいくつもあり、例え今が貧乏で辛い時期であっても失敗と経験を繰り返したら、もしかしたら次のステージへ旅立てる可能性もある。

物理的に考えてみても、貧乏から金持ちって無理ゲーに近いかもしれないが、継続と努力でなんとかなるって思い込みもあるに越したことないなと。

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同じ平地で戦ってはいけない。

この荒立たしい荒野では常に決闘である。もしライバルが多すぎて勝てないフィールドならライバルのいない場所で戦う。これにつきます。

例えばマラソンで相手に勝てない。でも、水泳の早さなら余裕で勝てる。

無理に競う必要はないんです。抜け道だけ探しておいて、得意な分野に特化していけばいいんです。

僕もこの考え方で少しゆとりのある思考が出来ています。

絶対に同じ所で一緒にならない。あらゆるところから仕掛けておいて、作用が効かないなら、別枠で素通りしとけばいいだけ。そんな感じです。